日本刀の歴史 新刀編

日本刀基礎知識集 日本刀の歴史(古刀編) 日本刀の歴史(新々刀編)

新刀期 慶長元年~宝暦13年(1596~1763年)

慶長を境に材料の均一化と技術交流、製作法の変化があったと思われ以前とあきらかに違うので慶長以後を新刀というこになった。

新刀の語源について

新刀とは古い刀の意味の古身の反対語である新身で、享保6年の新刃銘尽と享保14年の続新刃銘尽などという書物が出されて当時は新刀のことを新刃(あらみ)と言うことが流行した。その後に新刀弁疑や新刀一覧などの書物が発行されて新刀と言う言葉が生まれて明治頃に新刀が一般化したと言われている。

新刀鍛冶の特徴

慶長頃に技術革新がおこり、古刀とは明らかに違うものが現われた。新刀特伝などが代表である。また旧来の鍛冶と違い家柄に関係なく新たに鍛冶になる者が多数現われてその後の主流にまでなった。

古刀と新刀の違い

  1. 新刀は健全で反りが浅く元と先の身幅の差が小さく平肉が豊かで重量感がある。古刀は手持ちが軽く味わい深いが健全さがない。

  2. 古刀は焼刃が一見単調のように見えても刃中には豊富な働きがあるが、新刀は焼が派手であっても刃中に変化に乏しく、変化があっても作為的で落ち着きがない。

  3. 古刀期は伝法を守り作刀している、が新刀期は従来の規律にとらわれていないので新しい刃文を創作した。しかしやはり品位が足りない。

  4. 古刀の帽子は乱れ込んでいて品位が高いが新刀の帽子は焼が強く乱れ込むことはなく大多数が小丸か大丸でつまらない。

  5. 古刀は焼き出しより刃文が始まるが新刀はしばらく直刃に焼いてから刃文が始まる。

  6. 古刀の地鉄は潤いがあるが新刀はかたい感じがする。

  7. 古刀には樋が多いが新刀には少ない。

  8. 新刀には茎に化粧鑢など施しているが、古刀にはない。錆も古刀は多く付いているので味わいが深い。

  9. 新刀は二字銘が少なく、長銘で受領名が付くことが多い。

  10. 鑑定上の観点からは古刀贔屓だが新刀は在銘でしっかりした作が多く残っており収集に向いる。

慶長新刀期(1596~1643年)

この時代は前時代の戦乱を生き抜いてきた武士達の好みにあった豪壮な相州伝が大流行した。この頃に正宗をはじめとして正宗十哲などが人気が出てきたと言われている。古刀最末期は2尺2寸程の頃合のものが末備前によって創作されて流行していた。この姿が慶長新刀に受け継がれた。

この姿はまさに相州伝の磨り上げに似ていたのでこれを基本として写し物が作られた。そのため幅が広く、反りが浅く、大切先であるが磨上物との違いは、やや重ねが厚く、桃山文化の影響で大互の目で沸出来の派手な相州物が多いことであるが沸は荒いものである。帽子も乱れ込んでいるものは少ない。ふくらはあまり枯れず、先反りもつかない。

短刀も同様で延文貞治体配の大振りなものを真似しているが沸が荒く、重ねが厚い。

寛永の頃になると実践経験のない武士が増え、剣術の流行で突きが重視され、小切先で反りの少ない、先幅の狭いものに変化してきた。明寿、国広、南紀国重らが著名である。

主な出来事

1600年関が原の戦い 1603年江戸幕府成立 1614~15年大坂冬、夏の陣 1637年島原の乱 1639年鎖国令
寛文新刀期(1644~1680年)

さらに剣術が流行し極端に反りが浅く、小切っ先で先幅の狭いものが盛んに製作された。刃文は古刀には見られないような技巧的なものになっていった。特に寛文前後に優秀な物が製作された。よって寛文新刀ということになったのである。

大小の寸法が規定されたために、短刀が不要になりほとんど製作されなくなった。たま鍛刀法の簡素化も進んだ。この頃から商人向けに多数の脇差が製作されるようになった。

江戸物が一番寛文新刀体配の影響が強い。刃文は簾刃、涛乱刃、珠数刃が出現する。特に大坂物は派手である。助広、虎鉄、包貞、助直ら多数の優秀な刀工が活躍する。明暦の大火で多くの刀剣が焼けてしまったことは残念である。明暦の大火で消失した刀剣を補う為に需要が増大し寛文期の繁栄をもたらしたとも考えられる。

江戸物の特徴・・あくまで実用主義

  1. 江戸は武家中心の都市であったので見た目の派手さよりも実用主義の地味な作風で反り浅く平肉のない武骨な物が多い。刀が圧倒的に多く脇差は少ない。

  2. 刃文の焼幅は広く、実用に関係のない技巧的なものは一切施していない、物打ち付近の刃文は穏やかで帽子は大丸になり折れにくいように注意を注いで製作されている。

  3. 焼出しは大阪物と違い長く焼かない。飛び焼や棟焼もない。

  4. 小板目肌で黒味があり肌が立つものが多い。鎬に柾目がよく現われる。

  5. 試し切りの裁断銘が入っている物が多い。

大阪物の特徴・・姿、派手さ優先

  1. 脇差が多く、姿は万人向けで適度に反りがあり、身幅頃合、平肉豊かで地刃は明るく冴えていて、派手な作品である。

  2. 刃文は技巧的で個性が強く、大阪沸と呼ばれる冴えた沸がつく。

  3. 焼き出しを長くとる。

  4. 茎の仕立てが上手く均整がとれていて化粧やすりがあるものもある。

  5. 地鉄は杢目肌に地沸がついて柔らかい。

  6. 刃文は横手まで続けて焼き、帽子は小丸である。

  7. 総体的に実戦に向かない。

主な出来事

1649年慶安の御触書 1651年由井正雪の乱 
元禄新刀期(1681~1735年)

都市化が進み商人が裕福となり、華美な物が好まれて元禄文化がおこる。刀は優しい姿になりすべてにおいてころあいの姿になった。また天下泰平で刀剣は無用の長物になってしまった。武士階級の経済的没落も重なり、注文は激減し刀工は寛文期の半数にまで減少したのである。名匠も現われず技術も低下の一途であった。

貨幣経済が進み裕福になる町人向けに脇差が大量に生産はされたが弱い姿で刃文にはつまらない技巧的な富士見西行が出現するに至った。退廃的であるという考えもあり賛否両論。しかしこれらの刃文は外国人には好まれて明治時代に多数持ち出されたようで国内に現存するものは少ない。将軍吉宗に呼ばれた、正清、安代、信国重包、四代国重が著名である。

主な出来事

1685年生類憐みの令 1701年赤穂浪士の討ち入り 享保の改革
刀工不遇の時代(1736~1763年)

泰平の世が続き刀の注文が激減する。武士の困窮も原因となる。作刀はほとんどない時代である。

主な出来事

特になし

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